vol.708 善悪というバグ
2025-12-18
・satsukiさんからのお便り①
・かごめの唄
・はっきりしない裏
・ドラゴンボールの例え
・バグの出現
・善悪と発散
・強さに終わりはない
・無限と答えのなさ
本日の動画の内容
1.かごめの歌に仕込まれた裏の流れ
かごめの歌は童謡の形を借りた、意図をもって流された裏の系譜を持つ
しかしその意味は資料的に説明できるものではない
2.はっきりしないものが中核にある
宇宙全史第2巻が難しいのは、善悪や、正解/不正解のように割り切れない構造を扱っているからである
3.強さのインフレがもたらす幻想
強さを数値で競う物語は分かりやすいが、現実や宇宙全史の世界はその単純さでは成り立たない
4.善悪という名のバグ
善悪で世界を決め続けると、思考は発散し最終的に破綻する
それ自体が構造的なバグである
2025年9月5日
satsukiさんからのお便り
『古川会長、目風様、宇宙全史スタッフの皆様
いつもありがとうございます。
毎日動画を観れて、しかも過去のものも繰り返し観れて、とても幸せです。
動画を拝見したあとは、祈りもしやすくなります。ありがとうございます。
宇宙全史のホームページを開くたび目に触れる一枚の絵と詩
一番
かごめかごめ
誰が絶つ影か
闇の宴
一番に思い浮かぶのは、子どもの頃に遊んだ、
「かごめかごめかごのなかのとりは
いついつでやるよあけのばんに
つるとかめがすべった
うしろのしょうめんだあ~れ」
という遊び歌、童歌みたいなものがありました。
他にも、とおりゃんせ等な童歌も思い出します。
学校で習ったのか、地域の子どもたちの遊びの伝承か、全く気にしていませんでしたが、ちょっと考えると不可思議な歌です。
かごめかごめの歌は、人間を驚かすために、妖怪が出てきそうなちょっと怖い雰囲気を感じます。
ちょっとネットで検索すると、色々解釈があるようですが、真相は分からないのですね。
宇宙全史の、この謎かけのような一枚の絵と詩は、何か心の奥の眼で、じっと何かを感じ観るようなものを感じます。
ちょっと、うずうずと歯がゆいものを感じます。
これまでの地球と人類の黒い歴史、陰子と関係するものなのか、それを断つ何かを彷彿とさせるのか・・・
我々のエゴの闇を絶ち、真我へと誘うものなのか。
この絵と詩(うた、と言った方がよいのでしょうか)は、何を意味するのでしょうか。
新しくいただいた、会員カードを手に、新たな祈りの毎日となるよう、精進していきたいと思います。
世界人類が平和でありますように
守護霊様
守護神様
月読之大神様
五井先生ありがとうございます』
はいおはようございます
えー、9月5日に来たsatsukiさんですね
えーと、まあいやー
スタッフの皆様いつもありがとうございますと言ってますね
まあ動画を古い奴も繰り返して読めて見れてありがたいということ
ありがとうございます
で、かごめの歌のことがおっしゃってますね
かごめはそうですね
あれ私も調べるまではよくわかんなかったんですけども
御祭舟の第2話から3話にかけて、かごめの歌がね結構メインになってきて
で、かごめはね、かごめの歌は謎に包まれてるんですよ、どっから発祥したとか
まああの民間伝承じゃないけど、民間民謡、民謡つうか童謡みたいなところで落ち着いていますけども
本当はあれはね、えーっと天海さんか、で沢庵さんか。あの辺からこう繋がってきて、割と意図があって流してんですよね
でここは難しいっちゃ難しいとこなんで
その明確じゃないんですよ、裏のその流れっていうのは
はっきりと・・・例えばデジタル的にこの情報をインプットしたら、こういう風に出てくるだろうっていう風な形じゃないんですよね
そこは難しいんですよ
(*漫画「裏御祭舟」第三話で描かれる予定だった序文の一部です
↓
第三話「夜明けの晩の産道」
設計者・天海
星が紙の上に降りてくる夜がある
慶長の世僧正天海(1536-1643)は濃紺の夜空を一枚の設計図として見ていた
上向きの三角(陽)と下向きの三角(陰)が噛み合う「龍目(かごめ)」の紋様が、新たに徳川の世の中心となる
江戸の地取りにピタリとはまる
「護るとは、壁を築くことではない」
「いずれ来たるべきものを、いかにして生まれさせるか」
「開くための順序を定めることだ」
彼は屏風の裏に星図を貼り、表に六芒の格子を描くと、禅僧・沢庵宗彭(1573-1645)を江戸城の奥書院に招いた
二人の意志は似ていたが、天海が国家という壮大な「器」を整えようとするのに対し、沢庵は人の心に揺るがぬ「芯」を立てることを重んじた
「この歌を」と、天海は一枚の紙片を沢庵に託す
「いずれ来るべき変革の火種だ」
「だが血腥い争いであってはならぬ」
「静かな夜明けを迎えるための、長い仕掛けだ」
紙には、後に「かごめかごめ」となる歌の原型が記されていた)
だからいつも宇宙全史難しい難しいっつってるけども
あのーみんなほらあれ好きでしょ、ドラゴンボールとかなんか色々そういうの
今、いま表で流行ってるものってみんなそうじゃないですか
好きとか嫌いとかあるいは善とか悪とか、もう二元対立でどっちかでしょ
でどっちかじゃないと嫌だってなるわけじゃないですか、はっきりしてくれみたいな感じで
ところが裏ってのははっきりしないんですよ、実は
はっきりしないところがミソになってて
うーんだからね言い方も難しいんだけども
例えばその何回も言うけど
その宇宙全史第2巻が難しいっていうのは、はっきりしないんですよ
だから古川君も書くの躊躇ったの
書いたってわかんねえだろうなってのがやっぱあって
例えばドラゴンボールで
ドラゴンボールでもなんでもいいんだけど
こう戦いやる、絶対戦いあるわけじゃないですか。で、勝ち負けがあるわけじゃないですか
で次から次へとそのエネルギー値が高い人
カウンターかなんかあって、おお10万だとか言ってて
じゃあオラ頑張るだとか言ってるわけじゃないですか
あんま見てないからわかんないんだけど
でその次はこう100万とか出てくるわけじゃないですか
でしばらくすると今度は5000万とかいうの、そんなのあるのかってあるわけですよ
やがて1億とか10億とかあって
そのうち1兆とか1京とか出てくるかも
出てきたかどうか知らんよ、でもそうなるわけじゃないですか
でそれと戦って負けて
じゃあオラ修行して頑張るだとか言って
で修行してエネルギー値を高めて、で戦って今度は勝ったとかになるわけでしょ
それでみんな満足してるでしょ
でも宇宙全史はそうじゃないんですよ
つか現実の世界はそうじゃないんですよ、そんな単純じゃない
でそういう単純だと
実は数学的に言うと発散しちゃうわけですよ
発散ってのは無限が出てくるわけ
要するにバグが出るのね
それはありえないんですよ
バグってのはどっか間違ってるからバグが出るわけ
そうでしょ?
あの一例えば
そのパソコンでAI使ってですね、ま、コーディングやって
コーディングってのはそのコンピューター言語を使って色々こう
例えばそのウェブサイトを作ったりとか色々やるわけでしょ
でもその時にどっか一箇所間違ってるとバグってのが出て
で、全体が全部じゃーんってダメになっちゃうわけですよね
そのバグってのがどっかで出てくるわけ
なにか根本が間違ってると
それが善か悪かですよ
善か悪かで決めていくとバグが出るわけ、発散しちゃうわけ
無限大ってのが出てくるわけ
あるいはゼロになっちゃうわけ
それが何かと言うとそれをずっと
それはね多分ねマレーネディートリヒ
宇宙全史第2巻のディートリヒの章で明らかにされると思うんだけども
決められないのよ、善と悪かってのは
決めちゃうと、善と悪じゃないからそもそもこの世界は
だからどっちかに決めちゃうとバグが出るわけ
さっき言ったように具体的に言うと例えばドラゴンボールで言うと
他のものでもいいよ?
絶対強いやつっている
強いか弱いかでやってけば強いやつはいくらでもいるわけですよ、無限にいるわけ
例えば古川君が好きな例で言うと喧嘩で一番強いのは鉄砲持ってるやつだって
いくら強いやつ、その例えばマイクタイソンとか出てきても、バーンってやられたらおしまいじゃないですか
で鉄砲でも今度はバズーカ砲持ってこられたらおしまいじゃないですか
ロケット弾持ってこられたらおしまい、で最終的には核兵器ってなってくわけでしょ
で核兵器も結局自滅しちゃうわけじゃないですか
世界大戦が起きたら
だからねそれバグなんですよ
バグってのは無限に発散しちゃうわけ、要するに何にもなくなっちゃうわけ
答えがなくなっちゃうわけ
だからどっかが間違ってるんです
どっかにバグがあるわけです
それを次回お話ししましょう
あとがき
私たちは世界を理解するために善か悪か
正しいか間違いかと「はっきりさせる」ことを求める
それは判断を早め安心を与える一方で 世界を平面的にしてしまう
善悪を決めた瞬間 どちらにも収まらないものは排除され
強さを定義した瞬間 その定義を超える力が必ず現れる
こうして価値は際限なくインフレし
やがて意味そのものが失われていく
宇宙全史が向けているのは 答えではなく
なぜ私たちは決めたがるのかという問いだ
善悪を決めないことは逃げではない
それは世界を雑に扱わないという姿勢である
白黒を急がず 揺れを抱えたまま見ること
そこにだけ発散しない認識が生まれる
語られる「バグ」とは 世界の欠陥ではなく
世界を単純化しすぎた認識の歪みなのだろう
その歪みに気づいたところから裏の視点が開かれていく
vol.709 かごめ唄の真実